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自転車にはまった

投稿時刻 15/04/05 15:32

最近は体を動かしたいという衝動からスポーツをやり始めました。主に硬式テニス、ゴルフ、サイクリングです。テニスは高校生のころ友達と遊んでいたし、社会人になってもたまにやっていました。ゴルフはカナダに住んでいた中学生のころ父親と一緒にやっていました。サイクリングは高校生のころプロを目指していたことがあります。特に自転車(ロードバイク)は奥が深くかなりはまっています。3万円の自転車を買ったのですが、パーツを次々と交換していき、パーツだけで3万円使ってしまいました(笑)。

作成者: seijia seijia@hotmail.com

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プロフィール

ここでは私の人生を簡単にまとめてみました。過去どのような環境で育ち、どのようなことをしてきたのかで私のことが少し見えてくると思います。3人兄弟の末っ子で姉が2人います。

0~3歳

シンガポールで生まれる。父は昔から日本がいやだったので海外生活が長い。現在親はカナダのトロントに住んでいる。3歳までしかいなかったのでシンガポールの思い出は一切ない。暖かい所だったのでボーっとしていたと聞いている。ベビーシッターとお手伝いさんを雇っていた。母の人生の中ではこのころが一番よかったと言っている。母はスポック博士の育児法で子供を育てていた。

3~13歳

小学6年まで富山に住んでいた。このころは算数が得意だった。賞状をもらうのが楽しみでたくさん集めていた。競争心が激しくどんな方法を使ってでも勝つことが大事だった。4年生のころから万引きをしてスリルを味わっていた。他家のガラスを割ったこともある。カエル、クワガタ、魚釣りに夢中になっては飽きていた。元気はつらつとしていたが今思うと隠れた怒りが爆発してたようだ。富山の後は6ヵ月ほど川崎に住んでいた。

13~24歳

カナダのトロント近辺へ移住する。英語ができなくてコミュニケーションがなおさら苦手になる。14歳のころ父がコンピュータを買ってくれる。地下室で一人コンピュータで遊ぶ。高校に入るとやたら勉強をするようになる。もともと理数系は得意だったのでトップで卒業する。成績がよくてもまったくうれしくなかった。何もやりたくない状態が3年ぐらい続くが誰にも相談できなかった。大学は得意なコンピュータ課を専攻する。それしかできることはなかった。なぜ生きているか疑問だった。

24~30歳

アメリカのソフト開発会社に就職する。はっきり言って地獄のようだった。週に3日は朝帰り。すべて外食。深夜にバーガーキングやデニーズでまずいものを食べていた。もともとコミュニケーションが苦手なのだからちょうどよい仕事だった。忙しすぎて自分のことを考える暇もなかった。26歳の時に日本の支社へ移転してからも忙しい日々が続いた。隠れた怒りがなくては自分の体を犠牲にするようなことはできない。このまま働くと40前に死ぬと思ったので退職する。7年後直属上司は40才ぐらいで亡くなっている。

30~35歳

28歳のときに結婚する。寂しいもの同士がごまかしあい恋愛をしていた。退職してから妻のためにカナダへ移住する。妻は英語を取得し園芸の仕事をするまでになり大満足。私は株の売買で生計を立てていた。神経が磨り減るような職業だ。自分のお金が見る見るうちになくなっていくとストレスになる。ストレス発散のために空手を学ぶ。自分の人生に疑問を感じる。そのころから宗教や精神世界に興味を持つ。釈迦の生き方に共感する。神との対話や飯田文彦の本を読みあさる。

35~40歳

日本へ戻ってくる。OSHOの瞑想会へ通ったり、ダンワールドの会員になったり、タオ指圧を学んだりする。いろいろ試してみるが長続きしない。すべてを諦めてシンプルな田舎暮らしをしたいと思っていた。西日本を2ヶ月車で旅をしてたどり着いたのが三重県の熊野。ここでゆっくりしていようと思っていたところある人物に出会う。人生がまた狂ってくるのを感じている(いい意味で)。「普通」でまともなことを言う人に出会うのは初めてだった。この「普通」の在り方を広めていきたいと思っている。

40~現在

42歳の時に14年間の結婚生活が終わった。6年間飼っていた愛犬が急死した直後だった。それまでは妻と愛犬と一緒に住んでいたが、急に一人暮らしになった。それが今でも続いている。